人はいつか死を迎える。
「この世に生を受けた瞬間から、人は死に向かって歩き始めている。」と、誰から聞いた分けでもないのも、何度も耳にした人も多いはずです。
そして、人によって人生に長短があるとも・・
長い人なら90年・・100年と、短い人なら0日、1日と言う人もいるでしょう。
ところで、癌とか告知を受けて無くなるまでを「余命」っていいますよね。
でも「余命」って変だと思いませんか?
「余命」って、文字の意味でいうと「残された命」って言うより「余分な命」「余った命」って考えちゃいますよね。
「命」には「余った」モノもなければ「余分」も無いんですよ。
言葉の意味から言うと「残命」の方が正しい気がします。
でも「ざんめい」「ざめい」っていうのは言葉的に美しくない。
命の長さが判ったから「判命」っていうのも変だし・・
そんなこと考えいたら「余生」って言うのも変だなって気づきました。
意味から言うと「余った生」「余分な人生」って事になりますよね。
あまり詳しくはないのですが英語なら「remains」っていう単語が使われるみたいです。
「remains」は「残ってる」とか言う意味らしいです。
ちなみに「余生」もこの単語が使われるんです。と言うことは英語なら「余命」じゃないくて「残命」、余生じゃないくて「残生」って意味にも取れるってことですね。
命や人生には「余分な部分」もなければ「余った」ところもないのに「余命」や「余生」ってやっぱい変です。
言葉って本当に難しですよね。
そんな事を考えていると。生きるってことはどういうことなんだろうって思う事があります。
学校で「生」とか「命」について教育をしていますよね。
どう生きなければならないか?どうやって生きてゆくのか?生きるとはどういうことなのか?
では、なぜ、生きる事を教えるのでしょうか?
それは、人は生きてゆかなければならないからです。
そして生きる先には何があるのでしょう。
悲しみ、苦しみ、喜び、幸福などが待ちかまえて居るのは誰れもがわかっています。
でも、それは人それぞれの生き方によって違ってきます。
人の幸福感や様々な感覚は、その時代背景や、その人の生き方によって一様とはいえないのです。
お金持ちにはお金持ちの生き方があるでしょうし、貧乏人には貧乏人の生き方、王様には王様のサラリーマンにはサラリーマンの生き方があるのです。
しかし、ただ、一つだけわかっているのは、どんな生き方をしようと生きる先には、必ず「死」があるという事です。
悲しい事に、人は「死」に向かって日々生きてゆかなければならないのです。
これは、どんな人にも平等に訪れることなのです。
お金持ちだから死はこないとか、貧乏には早く訪れるなどというものでは決してないのです。
ゆえに、人はその人自身に与えられた人生を力一杯生きなければならないのです。
昔は、学校では「生きる」ということを、そして家庭では「死」を教えていました。
家庭で「死」教えるって?って疑問に思う人もいるかもしれませんが、よく考えて見てください。少し前までは家庭で「死」を教えていたのです。
昔は、2世代、3世代と多くの家族が一緒に暮らしていました。
子供が居て、親が居て子供の兄弟が居て、祖父母が居る。
もっと大きな家族なると祖祖父母まで居る。
そして年齢を取った人からほぼ順番にあの世に旅立ってゆく。
通夜や葬儀は自宅や近所の公民館で行われ、近所の人々や親戚の人々が集り思い出話に涙を流しそして故人を偲ぶ。
目の前に横たわる二度と立ち上がり、言葉を発す事のない「人」を目の当たりにし、目の前で繰り広げられる人の死と残された人々の悲しみや嘆き。
それらをシッカリに脳裏に刻み子供は大人になって行ったのです。
子供に家庭で「死」とは何かを教えていたのです。
時代は移り核家族がすすみ両親と子供たちだけの家庭、年老いた祖父母は遠く離れてくらしている。
遠い田舎で誰かが亡くなり、目にするのは綺麗に飾り付けられたメモリアルホールでの形式だけの葬儀、近所付き合いは薄く親類付き合いも淡い。
TVからは毎日残忍な殺人のニュースが流れ、ゲームの中では数え切れないバーチャルヒューマンが子供たち放つ銃弾によって「死」を迎える。
現代人は、人の「死」に対して鈍感になっていると思います。
いくら「生きる」ことをいくら教えても、その先に存在する「死」が理解できないのに「生きる」ことの大切さ、尊さが判らない。
冬の寒さがあるから春の訪れが待ち遠しく、夏の暑さがあるから秋風に心が安らぐ。
「死」があるから「生命」は愛おしく「死」を理解するからこそ「命」の尊さが判るのです。
自分だけには「死」は訪れないなどと思わないでください。
この世に生きているモノすべてに「死」は必ず訪れるのです。
だから、今を大切に生きてください・・精一杯生きてください。
テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体
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